わたしたちが観る「自然は風景画家のあとを追う」

Gustav Klimt, Attersee, 1900, Leopold Museum

 「自然は芸術を模倣」するという至言をのこしたのは、オスカー・ワイルドだけれども、現実がたとえば映画になぞらえられるのは、今も同じ。 accidentallywesanderson、略してAWAというInstagramのアカウントがある。たまたま(アクシデンタリー)、いかにも、映画監督ウェス・アンダーソンの作品に出てきそうな、レトロで、ちょっとファンシーで、だいたいがシンメトリカルな建物やインテリアの写真ばかり、集めている。

 そのウェス・アンダーソン監督の映画『グランド・ブダペスト・ホテル』は、小説家シュテファン・ツヴァイク(1881-1942)に捧げられている。ウィーンに生まれ育ち、『マリー・アントワネット』をはじめとして、トルストイやバルザックといった歴史のなかの「星」のような人びとについて書き続けた、20世紀屈指の「伝記作家の人生」そのものが、映画のインスピレーション源となっていることを、WA監督は隠していない。隠していないどころか、そのことは、映画のあちこちに、徴(しるし)として、嵌め込まれている。

 それもあって、この映画には、19世紀末のウィーンを拠点にした画家たちの絵がよく出てくる。なかでも、画家のグスタフ・クリムトとエゴン・シーレの作品が効果的に挿入される。たとえば、映画がはじまって間もないシーンのホテルの壁に、クリムト風の絵が三点、掛けられている(予告篇の0.15秒のあたりに一部映っているので、チェックしてみてください)。中央奥には、クリームイエロー色の建物へと通ずる並木道の絵、その両側に、鬱蒼とした木立の風景画。この二点の松林の絵は、クリムトが夏のあいだに避暑に訪れて制作の場としていた、オーストリアのアッター湖で描いた、1900- 1903年頃の絵をおそらくは元にしている。絵の前に鎮座する、ティルダ・スウィントン演ずる女性のスタイルが、クリムトの絵《アデーレの肖像》にインスパイアされていることも、もちろんいうまでもなくて、ここでは「映画は絵画を模倣」している。

 ところで、クリムトがアッター湖の畔で描いた風景画の中には、もっともっと謎めいた絵もある。そもそもクリムトが、彼のトレードマークともいえる金鍍金(きんめっき)をほとんど使っていない、さほど飾り気のない風景画も描いていたことは、あまり知られていないかもしれない。

Gustav Klimt, The Large Polar Ⅱ(Gathering Storm), 1902/03, Leopold Museum

 この絵の、ブルーグレーの空に嵐の気配が渦巻いているところなどは、ムンクが描いたような「魂の動き」を映したイメージのようでもある。まるで誰かの心の「空模様」のようだ、というのならば、大きなポプラの樹のふもとに建つ、このちいさな礼拝堂だって、なにかただならない時の心情のようなものをえがこうとして生まれてしまった、なにかよく分からないもののかたち、というふうに見えてこないこともない。堅固なはずの建築も、雲と同じく気象によってうつろいゆくように。この作品には、知る限りでも、《大きなポプラの木 Ⅱ(迫ってくる嵐)》と《近づいてくる雷雨》というタイトルがある。

 クリムトの手紙から知られるのは、画家が温度や湿度にとても敏感であったこと。雷が轟いて、いまにも雨が降りだしそうな、湖畔の夕暮。クリムトはこの湖のある山間の避暑地で、パートナーのファッション・デザイナー、エミリー・フローゲと夏を過ごしていた。「まるでクリムトの絵のよう」に変幻する気象のときを待ちながら、いつまでも眺めていられそうな、さわやかな山上からのLivecamをみつけました。

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