すいか地球説

 このあいだ見た(というのは、これは一年前に書いたPost)上野のマティス展に、アンリ・マティスの絵 《豪奢Ⅰ》(1907年)が掛けられていた。ヴァネッサ・ベルが、「第二回ポスト印象派展」のマティスの展示室を描いた絵に描きこんでいたとおりの、ひときわ目をひく、大きなタブロー。

ガートルード・スタインの家族がこの絵を持っていたと知ったのは、「マティス、セザンヌ、ピカソ… スタイン家の冒険」展(2011-2012年、パリ、グラン・パレ)。”The Steins Collect”展としてアメリカも巡回した展覧会は、ガートルードと二人の兄、マイケル・スタイン夫妻と美術批評家・コレクターのレオ・スタインが、20世紀初頭のパリで集めていた絵や彫刻作品を展示していた。

 このころのマティスの絵は、ところどころほんとうに薄塗り。あちこちに塗られた、青磁色に近いあわいミントグリーンの色面には、まるで風がかよっている。

こちらも、ガートルードが持っていた、夏らしい静物画《お皿とメロン》のテーブルには、いろいろな緑色の濃淡のなかに、緑色の縞模様をしたまあるい物体である「すいか」が丸丸と描かれてある。

Henri Matisse, Assiettes et Melon, 1906-7, The Barnes Collection.

スタイン家のコレクションには、そんなふうに、どこかに緑か青系の色面が塗られているか、青色か緑色のグラデーションがみられる絵がとにかく多い。それは、ポートレートでも同じ。パリのアメリカ人詩人は、ヴァロットンによる肖像画のモデルとして、ラピス・ラズリ色のネックレスとブローチをつけていた。ピカビアによるポートレートの背景が藍色ならば、彼女のブラウスの色はみずいろ。

 そういえば、ガートルード・スタインが子どものために書いた詩的なおはなし『地球はまあるい』の主人公である「ローズ」ちゃんも、そう。

 眼の青い「ちいちゃな女の子」ローズ。薔薇と名づけられた子どもは、ばら色ではなく、青色のガーデンチェアをかかえて、草むら、森、青い山を、すたこらとのぼってゆく。

ガートルード・スタイン『地球はまあるい』翻訳 ぱくきょんみ、装画者 浜田陽子/岡崎乾二郎、書肆山田、1987年、104-105頁 / Gertrude Stein, The World Is Round, illustrated by Clement Hurd, Harper Collins Publishers, 2013, p.59.

 ときどき、地球はほんとにまあるいのかしらと、しんけんに考えながら。まるい木をみつけてRose という名前をきざんだり、「まあ(Oh)」ということばが「まあるい」ことに気づいたり。「椅子はみどりにしましょうか青にしましょうか」なんて、つぶやきながら。虹のなかに「すみれ色やいろいろな色」があるのをみつけたり。

 そんなローズちゃんのハイキング(それとも、心の旅)のようすを描いたイラストレーションが添えられた、75周年版のThe World Is Round が届いた。

Gertrude Stein, The World Is Round, illustrated by Clement Hurd, Harper Collins Publishers, 2013.

 初版本(1939年)のために、スタインみずから選んだという(のちに、『おやすみなさい、おつきさま』の挿絵を描くことになる)クレメント・ハードさんによる挿絵は、朱色がかったばら色の地に、イラストと文字の色にはブルーとホワイトのみがもちいられている。ちなみに、ハードさんの挿画には初版と1966年版の二種類がある。本そのものがまるい版もあることなどは、こちらの記事にくわしい。

 The World Is Round と『地球はまあるい』。

 あらためて、最初に読んだ、ぱくきょんみさんによる翻訳の『地球はまあるい』(書肆山田、1987年)のモノクロームの装画のはさまれたページと、The World Is Round の初版と同じ挿画のあるページを、ならべて読んでいた。二冊の本の挿画の、どちらも色数のいさぎよいほどの少なさは、画や図柄の抽象的な単純さとともに、心地のよいひろがりをもたらしている。

スタイン『地球はまあるい』ぱくきょんみ訳、浜田陽子/岡崎乾二郎絵、書肆山田、1987年、182-183頁 / Gertrude Stein, The World Is Round, illustrated by Clement Hurd, Harper Collins Publishers, 2013, p.67.

 とりわけ訳詩集のページをめくると、ローズのけなげな考えごとと、その足どりを、ひらがながきざむ、まあるいリズムと、かすれさせたイメージの風合いで拡大された、まあるさの感覚とが相まっている。

どんな色で思い描いてもいい、まあるい物体である地球の、風景の質感、動物、植物、くだもの、ことばのかたちが、なんとなく、思い浮かんでくる。

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