オキーフのエディブル・フラワー

A Painter’s Kitchen: Recipes from the Kitchen of Georgia O’Keeffe, By Margaret Wood, With a New Foreword by Deborah Madison, Museum of New Mexico Press Edition, Santa Fe, 2009.

 このところ手元にある、レシピ・ブック。ガス・レンジの前に立っているのは、画家ジョージア・オキーフ。1961年頃、ニューメキシコ、ゴースト・ランチの自宅のキッチンで撮影された写真。オキーフは、1920年代末からニューヨークとニューメキシコとを行き来しはじめ、この写真が撮影された頃には、南にみつけた新天地で、より長い時間を過ごしていました。

 ベラスケスの《卵を揚げる老婆》(1618年)を連想させるような、一つに結った白髪混じりの髪、味わいのある皺、逞しいまなざしで、鍋をかき回す身ぶり。この写真がとらえた彼女は、アルフレッド・スティーグリッツの被写体であった、アメリカでの若い頃の彼女よりもだいぶ頑健で、自信にみちて、自由そうにも見えます。

Diego Velasquez, An Old Woman Cooking Eggs, Scottish National Gallery, 1618.

 このレシピ・ブックは、90代のオキーフの日常に寄り添い、一緒に料理をしていた、マーガレット・ウッドさんがまとめた本。一つひとつのレシピには、画家との日々の思い出が、覚え書きのように、結びつけられています。レシピ・ブックとしての特徴は、オキーフがニューメキシコの自宅の庭で育てていた野菜・くだもの・ハーブを使ったシンプルなレシピを多く載せているところ。かぼちゃ、アボカド、ビーツ、マッシュルーム、きゅうりなどの、単品の野菜だけでつくるスープなど。アボカドといえば、オキーフが1920年代初頭によく描いた静物のひとつでした。

 それから、たとえば、タンポポの葉風味のマッシュド・ポテトのレシピ。これは、オリーヴオイルかバターで仕上げたマッシュド・ポテトにタンポポの葉っぱを和えたら、あとはハーブ・ソルトと胡椒を加えるだけ、という、なんだかすごく正直なレシピです。タンポポは、オキーフの庭の最初期のエディブル・フラワーのひとつで、とくにお気に入りのレシピだったらしい。タンポポの葉が若く、柔らかい頃を選ぶこともおいしさのコツのようです。ほかに、薬草の香りがメインといった、「ハーブ・オムレツ」「ハーブ・サラダ・ドレッシング」「カッテージ・チーズ・ハーブ・ブレッド」などなど。 

 ちょっと気になったのが、オキーフが読んでいた本として挙げられていた、『ザ・ロダール・ハーブ・ブック(The Rodale Herb book: How to Use, Grow, and Buy Nature's Miracle Plants)』(1974年)という本でした。調べてみると、19世紀末にニューヨークの食料品店の家に生まれ、健康と食の雑誌を創刊した出版人であり、オフ・ブロードウェイの劇作家でもあったという、いっぷう変わった人物で、アメリカにおける「オーガニック・ファーミングの父」と呼ばれるJ.I.ロダールさんの出版社による、当時のベストセラー。ハーブの歴史にはじまり、効能、アロマ、ティー・ブレンド、栽培と保存、ガーデニング、後半のハーブ辞典にいたるまで、読み物としても飽きさせず、20世紀のアメリカのハーブのある日常の写真集としても楽しめるという、なかなか魅力的な「ハーブ大全」になっていました。

 やはり19世紀末にウィスコンシンの農園で生まれたジョージア・オキーフは、ニューメキシコにおける作庭当初、それまでにペインティングに描いてきた数多くの「花」をすべて栽培してみようと思い描いた。そして、土地の人びととともに耕した自邸の庭で、野菜とくだものと薬草のかなりの部分を自給自足できるようになった。採れたてのレタス、ラディッシュ、アンゼリカなどでサラダをつくった。フレッシュなハーブをふんだんに鍋に投じた。はたまたビンに詰めて、ドライ・ハーブとして蓄えた。

 伝記によれば(ベニータ・アイスラー『オキーフ/スティーグリッツ 愛をめぐる闘争と和解』野中邦子訳、朝日新聞社、1994年)、こうした彼女のシンプルな料理は、地元の人びととテーブルを囲みながら、また、はるかニューヨークから彼女を訪ねてくる友人たちにもよく供されたそうで、もしかしたら、アンディ・ウォーホルも、タンポポの葉風味のマッシュド・ポテトをごちそうになったかもしれないですね。こちらは、まもなく96歳になろうとしていたオキーフに、ウォーホルがニューヨークでおこなったインタビュー。

”Georgia O’Keeffe Stays True to Her Vision”, By Andy Warhol, Photographed by Christopher Macos, Interview, 1983, 2014.

 

 そうしてオキーフは、100歳近くまで、絵を描き、季節ごとの庭の実りからなるすこやかな食事のある、大らかな暮らしをいとなみました。冒頭のレシピ・ブックの背景にのぞいているのは、アビキューの庭の一角の写真で、ニューメキシコでの暮らしを余すことなく伝えてくれる写真集の一ページです(バーバラ・ビューラー・ラインズ、アガピタ・ジュディ・ロペス『ジョージア・オキーフとふたつの家 ゴーストランチとアビキュー』内藤里永子訳、KADOKAWA、2015年)。この作品集も兼ねる写真集には、家の設計図なども収められています。オキーフは、シャム猫も飼っていたけれど、どちらかというと犬が好きだったらしく、チャウチャウと戯れている場面も。

 

 かつて薬草園という側面ももっていたアビキューの庭は、土地の人びと、学生、農学研究者たちによって耕され続けていて、花と野菜とくだものを、いまも毎年実らせ続けているようです。

Georgia O'Keeffe - The Far Away, ACB Films

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